あおいとり

しゃけを目指すいくらのブログ。しあわせを探しています。

バニラアイスと派閥の話

今週のお題「好きなアイス」

 

こんにちは、いくらです。

夏風邪を引きました。

久しぶりにしっかり熱が出てしばらく寝込んで、もいなかったんですけど、寝られる時間は出来るだけ体を休めてました。

 

ブログを始めてすぐ夏風邪なので、このブログはバカが書いてるのかと思われそうですが、その通りなのでぐうの音も出ません。

せめてもう少し頭のいいフリをしていたかった…

 

風邪っぴきとアイス

子どもの頃、風邪を引くと母はアイスやらプリンやらゼリーやらを用意してくれました。

普通なら真っ先におかゆをこしらえそうなものですが、母特製おかゆを食べたような記憶はありません。

 

今はおくすり服用ゼリーみたいなものが市販されていますが、当時はそんなものなかったので恐らくその代わりだったのだろうと思います。

 

熱でポカポカした体に冷たいアイスって最高なんですよね。

のどをすっとアイスが冷やしてくれる感覚。

なんとなくですが、だるさが取れる気がします。

 

バニラアイス、何派ですか?

ハーゲンダッツレディボーデンのようなちょっと高級なアイスはもちろん美味しいけど、普段食べるには少し高い。

100円くらいで買えるバニラアイスを考えると、スーパーカップ、爽、モウあたりになるかと思います。

結構何派かは分かれるのではないでしょうか。

 

ちなみに私は長い間、爽派でした。

これはバニラアイスをそのまま食べるときに限ってであって、フロートにしたりアップルパイに添えたりするならスーパーカップが好きでした。

 

最近少し派閥を変えようかと思っていまして。

モウが好きです。

濃厚な味がします。

爽は氷がしゃりしゃりするあっさり味なので、180度転換するわけですが、爽よりモウが食べたい。

 

実家にいる頃、モウはほとんど食べませんでした。

食べてもやっぱり爽か、スーパーカップだなと思っていました。

結婚してから夫が買ってくるので、食べるようになったら、「おいしい…!」

結婚する、生活が変わるって大きなことなんだなーとぼんやり思います。

 

今回の風邪のときも夫がモウを買ってきてくれました。

モウを食べながら「私、爽派からモウ派に移っていい?」と言うと「そんなん報告するようなことでもない。好きにしていいこと。」と。

実家では宣言しなければならなかったし、爽派は私一人でずっと変だと思われて肩身が狭かった…。

 

これからは気分に合わせて好きなアイスを食べようと思います。

ちなみにモウ以外だと王将アイスが好きです。

最近知ったばかりですが、三種類の味が一度に食べられて贅沢な気分になれます。

 

 

 

手書きは便利ではないけれど役に立つ、と思う

こんにちは、いくらです。

 

細々とブログを書き始めて、自分なりに少しずつ書くスタイルができつつあります。

以前の記事に写真を載せたのですが、紙にボールペンで書いてから、音声入力で記事を書いています。

 

30日できれいな字が書けるペン字練習帳 (TJMOOK)

30日できれいな字が書けるペン字練習帳 (TJMOOK)

 

 

最初の記事は直接投稿画面から書き込んでいたのですが、ここまでどう話を展開してきたか見るにはスクロールして戻る必要があって、それが面倒臭くて…

 

それで、紙に書くようになりました。

スマホからの入力なのですが楽です。

ただスマホを買い換えたばかりで、使いこなせていないだけかもしれませんが…

手書きなら全体を見渡せる

今まで手書きで書いた記事は、だいたいB5両面がちょうど埋まるくらいの文字量です。

これくらいだと、見返しやすく、繋がりがおかしくなってきたらすぐに訂正できます。

また、表現の被っているところや連続しているところを全体を見つつ調整できます。

画面をスクロールするよりも文書の完成形を想像しつつ体裁を整えていけるところが最大のメリットだと感じています。

 

大学時代の、レポートなんかも手書きで構成や主な主張を書いてからキーボードで入力していました。

今でもパソコンでの入力は『清書』というイメージがあります。

小論文試験の思い出

思えば、高校時代の小論文試験対策の模試の頃から、このような使い分けをするようになった気がします。

問題とメモ欄と解答用紙が与えられて、提出する解答用紙にいきなり清書はできないので、メモ欄に細々と書きたい内容をまとめていく。

小論文試験のための授業もあったから、このような書き方をするものだ、と刷り込まれているのかもしれません。

 

今この記事は、直接打ち込んでいます。

というのも、思ったことをそのまま雑多に書けばいいかなと考えている記事だからです。

だから多分手書きした記事より短い。

でも紙とペンと平らな場所を用意しないといけない手書きよりも場所を選ばずに書けます。

その時の気持ちをありのままで書くなら、手書きよりも優れているのかもしれません。

 

どんな書き方をするにせよ、長文を書くときはきゅっと引き締まるような気持ちになります。

自分の考えを外に出すことは緊張を伴います。

ただ、そうすることでぼんやりとしていたことがはっきりするのも事実で。

少しずつ書いていければいいなと思っています。

男尊女卑について考えてみたけど壁は高そう

こんにちは、いくらです。

 

こちらの記事は様々なコメントが付いていて興味深かったです。

大したことじゃないんだが、バリバリの男尊女卑だと思ってた祖父が実は女..

結婚してから男女のあり方、もっと言えば夫婦のあり方についてよく考えます。

現状我が家では仕事をして稼ぐのは夫の役割で家のことは妻の役割となっています。これには夫の仕事の都合で頻繁に転勤があることも関わっているので、今の時点でお互いに不満はありません。

女性も外で働くことが一般的になるにつれて、男尊女卑、女尊男卑と言う言葉を聞く機会に出会うことが増えました。

深まる男尊女卑議論

フェミニズムの第1期において、教育を受ける権利、参政権、労働の権利を女性にも与えることが求められました。

 

フェミニズム入門 (ちくま新書 (062))

フェミニズム入門 (ちくま新書 (062))

 

 

現在ぱっと見はどの権利も男性と変わりなく与えられています。

しかし問題を掘り下げていけば、ここでまだ達成できていない部分があるから未だフェミニズムや男尊女卑の議論が盛んに行われているといえます。

 

女性が理系の学問の学べば「リケジョ」と言われるし、政治の世界でも「女性初の○○」とか女性であるだけで特別な名前がついたり枕詞がつきます。

「女性が理系でもいいんだけど、普通じゃないよね」って言う暗黙の差別があるのは間違いないといえます。

これを取り払うため男尊女卑に関する議論は深まりを見せてきました。

 

フェミニズムに関して議論すれば、必ず男は損だとかジェンダーに関する議論もついてきます。

もう女性が女性の権利を主張するだけの時代ではなく、社会的、生物的な性、それぞれの立場からそれぞれの権利について主張し、折り合いをつけていく段階に至っているのかもしれません。

男女を対立するものと捉えていては、この問題は解決に向かないのだと思います。

生物としての性差によってお互いに及ぼす影響

女性は結婚すれば必ず子供が仕事が選択しなければならなくなります。

子供を持つと決めれば、女性には一瞬の途切れもなく仕事を継続することは不可能になります。

 

そしてこのことは、女性が妊娠、出産、育児で休職する間は、男性が稼いで来なければ家計が回らなくなることも意味しています。

保活やマタハラを嘆くのは女性ばかりです。

直接的には女性のキャリア形成を阻む要因だからと言えますが、共働き世帯が増えた今妻のキャリアアップが阻害されれば、家計にも反映され、夫も苦しくなりかねません。

女性が生きたいように生きられる環境を作ると言う事は男性にとってもメリットがある時代になってきたのかなという感じがします。

男性の権利との共存

ここまで書いてふと気付いたのですが、女性が産む性である以上、子供を持ちたいと考える夫婦の夫には、結婚後すぐに専業主婦になるという選択はできません。

仮に女性の産後の職場復帰が容易になったとしても、女性と男性の賃金だったり役職だったりで差別がなくなたとしても、妻が働けない間の家計は夫に頼らざるをえません。

今は専業主夫を希望する男性は少ないですが、もっとライフスタイルの多様性を認めていくとこういった問題にもぶつかる可能性はあります。

 

女性と労働の問題に関しては制度を整えていけば解決する問題が多いように感じます。

戦後、良妻賢母教育の象徴であった家庭科を男女共通科目にしてから、100年もたたないうちにそれが当たり前になりました。

このように、制度ができれば、それに伴ってゆっくり意識も変わっていくと思います。

 

このことを考えると、女性に与えた生き方を自由に選ぶ権利と同質のものを、男性にも平等に与えることが困難であることがわかります。

生物的な違いによってどうにもならない部分を含む問題について、社会がどう克服していくかが問われているからこの問題は難しいのかもしれません。

私自身もまだ、はっきりとした考えはありません。

これから少しずつ考えていきたいと思っています。

美術品がドミノ倒しなんて絶対ダメ…!

こんにちは、いくらです。

こちらの記事を読んでなぜこんなことに本当にびっくりしました。

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170716/k10011061351000.html

私自身大学で学芸員資格を取得し、様々な実習にも参加してきました。

実習の中で美術品の取り扱いについては複数回授業があったが、本物の巻物や掛け軸になんか絶対に触るなんてできませんでした。

その実習を担当なさった学芸員の方は「美術品を私たち学芸員が破損するようなことがあれば後世の人々には大きな損失である」とおっしゃっていました。

だから、学芸員にとってこんな事故の起こりかねない展示の仕方はありえないのです。

学芸員とキュレーター

そもそも学芸員は、博物館で収集・保存・調査を行い、展示の企画を立てる研究者のことを指します。

博物館の受付や展示室内で監視をしているスタッフは派遣さんなどで、彼らは学芸員ではありません。

また、学芸員は普通、学芸員資格を保有していなければならないけれど、公立の館ではエデュケーター(教育普及担当者)を美術系の教員が担当していることもあるようです。

 

海外では学芸員のことをキュレーターと呼ぶが、その職務は学芸員よりも狭くなっています。

キュレーターは、展示専門職員や修復技術者保存管理者などを束ねる最も位の高い役職です。

逆に日本ではこれら様々なことを一人でこなさなければならず、人手不足の問題を抱えています。

 

しかし、今回の事件は細分化されているがために起こってしまったのではないかと思うところもあります。

私が実習に行った美術館は展覧会の企画担当者が開館前、開館中、閉館後と展示室内を巡回していました。

様々な業務を一人でこなすからこそ気づける異常があるのではないでしょうか。

人手不足は解決すべき課題だが一人の学芸員が広く展覧会を管理できる状況は好ましい側面もあると今回感じました。

とはいえ、ひとつの展覧会を終える前から次の展覧会の企画を立てるという厳しいスケジュールの元で働いているので、そこはどうにかしていくべきではあります。

どんな美術品にも「現代美術」だった時代がある

美術品に限った話ではないが、全てのものに最新だった時代はあったはずです。

そして当時は認められなかったものの、後からあれが時代の転換点だったと言われるものもあります。

 

かつて、マルセル・デュシャンが『泉』を発表し、ニューヨーク・アンデパンダン展に出品した時、美術品とは認められずオリジナルは紛失されてしまいました。

Marcel Duchamp, 1887 - 1968: Art As Anti- Art (Basic Art)

当時の人にとって、サイン入りの便器は美術品ではなくガラクタだったかもしれません。

しかし今となっては非常に惜しい損失です。

 

また、特に大々的に広告を打っている展覧会では、客のマナーが悪いと感じることもあります。

展示室に大きなキャリーバッグを転がしながら入ってきた人を見たときは、驚くと同時に入室前になぜ止めないと怒りが湧きました。

 

今回のことも同様に、現代美術なんてガラクタと言わず、ぜひ後の世のために保存していって欲しいと思います。

そのために学芸員の方々にはそれが出来る展示環境を整えていってほしいし、展覧会を訪れた人にも美術品を後世に遺していくという意識を持って鑑賞して欲しいです。

「子どもを思い通り育てよう」なんて無駄な努力は今すぐやめた方がいい

こんにちは、いくらです。

 

こちら↓の記事を読んで、私にも色々と思うところがありました。

「1日10時間勉強しないと進学校に入れない人は一番進学校に入っちゃダメな人」という意見に賛同する人続出「ほんとそれ」「全国の親御さんに見てほしい」 - Togetterまとめ

 1日10時間の勉強なんて普通はできません。

それこそ夏休みの宿題が終わらない8月31日だってできなかったと思います。

例外としてはよっぽどその学校に進学したいときとか、親からの良い学校へ進めプレッシャーがすごいときとかは別かもしれません。

私はどちらかと言えば親からのプレッシャーがすごかったタイプなので、その経験をもとに少し振り返ってみたいと思います。

 

高校受験の思い出

中学時代、演劇部に入部してから私は演劇の道で食べていきたいと思うようになりました。

そこで専門への進学を母に相談すると、「大学は好きなところへ行っていいから高校は普通科に行きなさい」との返事。

専門はおろか、公立の芸術科への進学の道も絶たれ、「大学は専門に行く」と約束をして普通科高校を目指すことにしました。

そのころ受けた模試の成績がなかなかよく、父母は私を進学校へ行かせるべく、「この学校は?」だの「勉強しろ」だの色々と言ってきました。

普通科の中でも演劇部のレベルが高い学校を選ぶこともダメでした。

結果第一志望は落ちたものの、まあまあ上位の高校へ進学することとなりました。

 

大学受験の思い出

そんな学校なので、1年の頃から模試がありました。

志望校を書かなければならなかったのですが、よくわからないので聞いたことのある有名大学の名前を適当に書いておきました。

1年生の志望校判定なんて全くアテにならないと今では思いますが、良い判定を見た父母は私を有名大学に進学させることに躍起になりました。

3年生の時志望校を確認する3者面談で、父が「偏差値65以上の大学じゃないと進学させない」と担任に言い放ったのは恥ずかしすぎて消したい過去です。

そして今となっては偏差値の漢字も書けないアホになってしまいました。

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指定校推薦で有名大学への進学をほぼ確実にできるということがわかると、母は一般受験をすることすら許しませんでした。

「大学は好きなところに」と言う約束を忘れてしまったのか、ハナから守る気なんかなかったのか分かりませんが、約束は守られませんでした。

 

親のための努力は子供をダメにする

就職の時も結局、一般企業への入社しか許されず、その後は以前書いた通りです。

他にも色々と愚痴りたいことはあるのですが、それはまた別の機会があると信じて取っておきます。

とにかく私は夢を追うことも、周囲と同じような人生を送ることも叶いませんでした。

その結果今やりたいことがないし、興味のあることがあっても必ず誰かに邪魔される気がしてしまいます。

正直このこともあって、親のことを恨む気持ちもあります。

自分が成功できなかったことを人のせいにするな、と言われそうですが、子供からやりたいことを奪って親の思う通りにさせれば、大半はきっと私のようなひねくれたやつに育つのではないでしょうか。

私は今の私があまり好きではないし、自分に自信もありません。

子どもが思い通りに育っていく事はまれです。

子どもが思うように生きて、その結果が自分の理想とたまたま重なったらラッキー、くらいに考えてもらえたら、子どもとしてはいいなと思います。

「犯罪を減らすにはジジババを町の角ごとに置け」という梅沢富美男の提案について考えてみた

こんにちは、いくらです。

 

梅沢富美男さんが新しい本を出したそうで、テレビで紹介していました。

 

正論 ~人には守るべき真っ当なルールがある~

正論 ~人には守るべき真っ当なルールがある~

 

 その中で「町の角ごとにジジババをおけば犯罪が減る」というものがあり、本自体は未読なのですが、面白そうなのでちょっと考えてみました。

 

そもそもジジババはそんなにいるのか

 

調べてみたのですが、町中の角の数はわからなかったので、信号機の数をもとに考えてみます。

都会と田舎で信号の数にムラがありますが、日本全国に約380万基の信号が設置されているということです。

お昼ご飯を食べたりする関係で一基につき、2人以上のジジババを配置したいところです。

お休みを取ると思うとできれば3人以上…

え、そんなにジジババってたくさんいる?

と思ったのですが、いました。

 

平成23年のデータで65歳から74歳の人数が約1500万人。(総務省統計局のページより)

信号機1基につき3.9人のジジババを配置できます。

私が昔バイトしていたクリーニング店(営業時間 10時から20時)は基本的には店番は一人でメンバーは4人でまわしていましたから、単純に数の問題だけで考えるなら十分な人数と言えそうです。

 

記録に残らない監視

最近ではいたるところに監視カメラが設置されています。

広い意味ではジジババを置くことも同様の働きをすると考えられます。

監視カメラのようにはっきり記録されるわけではなく、誰が見ているかも明確なので、監視される側にしてみれば気分的には楽な感じがします。

ジジババとの接触を増やすことでジジババの異変にも早く気付けます。

 

反対に人の目であるぶん、情報の正確性に欠けることもあり得ますし、ジジババの良心に頼ることになるのも事実です。

 

課題は多いが一考の価値あり

  • ジジババ自身が犯罪に巻き込まれないよどう守っていくか
  • 大雨や雪の日はどうするのか
  • 熱中症対策は?
  • ジジババの配置の仕方

 

などなど実施するには解決すべき点は非常に多くあります。

また、監視カメラがあっても犯罪は100%防げるわけではないので、抑止力としてのジジババの力はそれほど大きくないような気もします。

 

しかし地域コミュニティーを作り上げながら、小さな犯罪を少しでもなくして行こうとする取り組みとしては面白いのかなと思います。

全国的に一斉スタートするのは難しそうなので、まずは自治体とかもっと小さく町内会とかそれくらいの単位で検討してみても良いのかもしれません。

新卒で入社して3か月経たずにやめた話

こんにちは。

いくらです。

 

私は、新卒で入った会社を3ヶ月持たずにやめたことがあります。

ちょっと今から仕事やめてくる (メディアワークス文庫)

その経験から、今でもやりたいことがなく、それは私のコンプレックスであり、このブログを始めようと思ったきっかけでもあります。

仕事をするということが必ずしも幸せに繋がるとは思いませんが、自分にとってやりたいことがないと言うのは幸せとは言い難いと思っています。

ブログを書くことで自分の考えを整理して、やりたいことを見つけることに繋がればいいなと思っています。

 

仕事をやめるに至ったきっかけ

私が仕事を辞めたのは ストレスか疲労からか分かりませんが、顔面神経麻痺になり、顔の半分が動かなくなってしまったことが大きなきっかけです。

口が半分閉じられないので、接客業でありながら、よだれがたれてしまったり、発音がうまくできない音ができるようになってしまいました。

病院に行かなければと思いながらも、仕事の関係でなかなか行けず、症状に気づいて数日経ってからの受診となりました。

通院を終えるころ聞いた話では、医師はこのとき結構な危機感を覚えていたようです。

点滴と飲み薬での治療となったのですが、かなり強めの薬を使ったそうです。

 

点滴初日に気持ち悪くて動けなくなり、点滴後の仕事は無理だと思い、上司に相談しました。

ところが「有給がないからお休みはとれないよ」という返事。

上司や会社への信頼はなくなり、毎日強い薬を点滴して、吐き気をこらえて仕事に通うことが嫌になってしまいました。

実際には、仕事にはなんとか向かうものの、ほとんどトイレにいるような状況だったので、職場にいるだけで仕事をしていなかったというのが正しいのですが…

そんな日が数日続き、辞めるしかないと思い、上司にその旨を伝えました。

 

この経験から、仕事をやめることについて私が思っていることは2つあります。

 

仕事をやめることは責任を放棄すること

 

私の仕事は接客のお仕事でした。

それゆえ、仕事をやめたことは私を信頼して、ご来店くださっていたお客様を裏切ったことになります。

退職届を書きながら、お客様のことやお客様から預かったお品物のことが思い浮かび、罪悪感で苦しかったことを覚えています。

お預かりしたお品物は無事にお客様の元に戻ったか、お客様は喜んでいらっしゃるか気になっても、もう知るすべはありません。

それが責任を放棄した報いだと思っています。

 

そして、退職届を書きに職場に呼ばれたとき、上司は私を他のメンバーと会わせないように上司だけがいる時間を指定しました。

病気で突然やめると言い出したこともあり、お世話になったメンバーにもご挨拶もできませんでした。

唯一、仲の良かった同期だけは仕事をやめてからも連絡を取り合って、たまに遊んでいます。

退職届を書いた日に、お菓子を店長に渡したので、メンバーにもいつやめたかは伝わっているとは思いますが、できればひとことだけでも直接お礼が言いたかったです。

 

しかし、これらは仕事をやめ、最後まできちんと自分の責任を果たさなかったためと考えれば仕方のないことだと思います。

 

自分の人生を生きること以上の仕事はない

 

もうひとつ確実に言えることは、私には私の人生を生きるという大きな仕事があり、会社で仕事をするということはその中に含まれる小さな仕事であるということです。

今はその職場で出会った別の先輩と結婚し、家庭の面ではとても恵まれています。

 

もしあのとき、病院に行くのがもっと遅くなっていたり、仕事に差し障るからと弱い薬で治療してもらっていたら、私の顔は固まって動かないままになっていた可能性もあったそうです。

そうなっていたら、私はきっと恋人とデートになんて行かないし、別れていたと思います。

たらればではありますが、これは非常に大きな違いです。

 

逆に言えば、今健康で家庭という基盤がしっかりしたからこそ「やりたいことがない」なんてのんきなことを言えるのかもしれません。

とにかく自分が心身ともに健康であることは人生での様々な選択の幅を広げます。

もし仕事が原因で心と体に異常が起きているなら、仕事をやめるデメリットをしっかりと把握したうえでやめるのもひとつの手だと思います。

 

自分とは何かを見つめる

私は就活のときも、自分が何か、自分がやりたいことは何かよくわかりませんでした。

その結果、適当な会社に就職し、すぐやめました。

本当にやりたいことなら、ストレスも軽くて病気にならなかったのでは?とも思いますが、夢や野心を胸に入社してきた同期たちも結構やめているのでそういうものなのかなとも思います。

 

私は最近になってやっと人生設計について考えるようになりました。

何が起こるかわからない人生ですが、将来どうなっていたいか、そのために今必要なことは何かを考えておくことは無駄ではないと感じています。

家族がいるので、そのとおりに進まないことも多く、そのたびに計画を変更していますが…

自分にとって大事なことが何かわかっていて仕事に就いたり、仕事をやめたりしていれば、コンプレックスにはなっていなかったのかもしれないと思っています。

 

そして、仕事はなりたい自分になり、人生を充実させるための手段の1つでしかないと思います。

仕事をやめることでは社会的責任は取れないけれど、自分の人生に責任を持つということにはなり得るというのが、今のところの私の考えです。